この本 1兆円市場を拓いた男
本書は日本発の日本以外には無い独自技術、超高層免震の 業界にて私生児扱いされた当技術の産みの親たる其の本人による 世紀を跨ぐドキュメントであり、 また其の経験を通してエンジニアの道標となるべく編まれた技術者啓発書であり、 著者は大手建築企業の研究者として長年従事、上記事業を成した後、 現在は地元静岡にて研究開発コンサルタントをされている内山義英氏其の人です。
綴られた文面要所に登場すserendipityとは研究に携わった者であるならば、 仮令其れが通常の大学のゼミナールの如く低レベルの卒論のようなものであっても、 屡聞かされるテクニカルタームにも類ずるものにて、 凡庸教授連の恋焦がれる賢者の石の、 セイロンの寓話の如く、教授連により語られる先達の挿話こそ寓話に違い無けれども、 実に魅力的な偶発的成功譚及び3σ規格外発想は矢張り読んで引き込まれ、 只其の一点に於いてだけでも本書を手に取る価値があるかに考えます。
内容にては事に当っての心構えが頻繁に登場する抔の、 多少前期自己啓発本の影響を受けている感があり、 マーケティング上止む無きとは云え、時によっては太字にての表記の必要性も感じられず、 該当する件に掛かる段になると残念な感じが拭えません。 同様に技術書ではないことの明らかなれど、 技術的側面の説明が素人心にも多少喰い足りない感を受ける抔、 失礼乍当該書籍は素人向けに広く売らしめんとての、 漢字を平仮名にして開くと称す様な、 編集上のこの際要らぬ技術が見え隠れする様な気もします。
併し乍圧巻は矢張り技術的側面に現れます。 一方の免震装置たるリニアスライダーの破壊実験時、 危険を顧みず、安全地帯より出で趣き油煙に塗れ一心に一万トン加重の実験装置を見守る、 其の口から僅かに洩れる「データを信じろ…」なる呟きは、 書面には表記されずとも、 膨大な作業量に依る膨大なデータ量に支えられている姿勢以外には考えられません。
装丁デザインが社会摘発的な色合いで 充実した内容の適切に表現されているとはお世辞にも云えず、 タイトルも私の様な愚かな人間が手に取りやすい安っぽい「一兆円産業」抔が踊りますので なかなか売れ難い状況が揃っているとは思いますが、 是非心ある方には先ずは書肆にて手にとって頁を繰ってみていただきたい書籍だと感じています。