エンターブレインの浜村弘一氏の立ち位置対ソーシャルゲーム

大人のしくみ第1巻22頁1コマ目当時ファミコン通信編集長浜村弘一氏 右の写真は株式会社アスキーのコミックシリーズ アスキーコミックスの漫画で 鈴木みそ氏作 大人のしくみ 第1巻の22頁目の1コマ目です。 大写しになっているのは誰あろう 当時ファミコン通信の編集長 浜村弘一 氏、ファミコン通信の連載漫画を単行本に纏めたものですから、 大親分としての迫力を以ての登場です。 コミックスの奥付を見ると1997年11月3日初版発行となっていますね。

さて、その浜村氏は近年愈々ゲーム業界に於いて重きを成しているようで、 2011年10月7日には業界アナリスト及びマスコミ関係者向けに ゲーム産業の現状と展望について講演を実施しています。 それについての詳しい記事が…

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ファミ通.com の2011年10月8日の記事 エンターブレインの浜村弘一氏が講演“ゲーム産業の現状と展望<2011年秋季>”を開催 として配信されていました。 講演のタイトルは 主役争奪戦が始まったゲーム産業~新型ゲーム機vs.ソーシャルゲームvs.スマートフォン~ そしてサブタイトルは サービス化するゲーム 時代の主役は誰に であるそうです。

結構な長文の記事ですが前半部分は家庭用ゲーム機、ハードの話題に終始します。 そして後半に移る前に総括される言及が確たる意思に基づくだけに 図らずも氏の立ち位置を明らかにしているように思います、引用します。

スマートフォンやソーシャルは、家庭用ゲーム機とは別に生まれた市場。 ゲームに20000円も30000円もかけたくないという人がメインで遊んでいる。 そういう意味では、家庭用ゲーム機市場の上下とは関係ないし、逆に新規のゲーム市場が開拓されたと言える。
截然とソーシャルゲーム市場と家庭用ゲーム機市場は分かたれ、 氏はゲーム業界全体を俯瞰する立場を取るように意識したくとも、 冒頭漫画に登場した様に根っからの家庭用ゲーム機系の人物ですので、 其方にはっきりと重心を置いていることが見てとれる発言になっていると思います。 本ブログに2011年9月19日 スマートフォンと携帯ゲーム機の境がなくなる意味~Xperia PLAY なる記事を起こした身としては些か首肯しかねる部分ではあります。

ファミ通.comの記者氏も心得たもので 勢いに乗る新世代のゲームプラットフォーム と先ず項目立てられる後半部に移るにあたり、 今回の講演のメインは、むしろこれ以降の章かもしれない としています。 本ブログでも グリーの記録改竄で見えてくる携帯ゲームの市場規模 (2011年9月10日記事)や 虎視眈々と上を狙うゲムッパ!のモバプロが100万人突破 (2011年9月16日記事)でその拡大する市場規模に 相次ぐプレイヤーなどを扱った、 謂わずと知れたソーシャルゲームです。 軸足を家庭用ゲーム機に置こうとも其処は浜村氏も了解している処で、

  1. mixi……リアルな付き合いを重視、ソーシャルゲームに特化したビジネスは否定
  2. GREE……早くからソーシャルゲームの力に気付き、ビジネスを拡大
  3. DeNA……当初はオークションサイトだったが、じきにソーシャルの可能性に気付きビジネス展開
と三つの代表的和製SNSと絡めて話を進めます。 本ブログでも2011年8月19日 The Google Puzzle 軽くネタばれ―ゲーム注力のGoogle はGoogle+でFacebookに対抗せんとするGoogle社のゲームに従来になく力を入れている旨や、 それを受けた2011年8月28日記事には Angry BirdsとゲームとSNSとの深い関係 と大ヒットゲームとSNSの関係に言及しました。 今やSNS、即ちソーシャルネットワークシステムと ゲームは切っても切れない関係です。 ソーシャルゲームと称される由縁でしょう。

浜村氏がソーシャルゲームのアドバンテージを家庭用ゲーム機が取り込む方向を示唆するのには 矢張り軸足が家庭用ゲーム機にある姿勢を感じさせられます。 そしてそのアドバンテージを唯に無料であることと断言するには違和感を禁じ得ません。 それ以外に家庭用ゲーム機に優越する部分のないソーシャルゲームでしょうか? 続く嘗てのテレビ対ゲームの推移をアナロジーとして用いるも空しく響くばかりに感じます。

本ブログには2011年10月10日に ゲーム業界を震撼させるParty Play~Apple TVとREAL RACING 2 なる稿を起こしました。 此処にあるゲーム業界は本記事では家庭用ゲーム機業界に相当します。 浜村氏が重心を置くと見させていただいた業界です。 この記事には凡そ多くの考察点を含むように思います。 単にスティーブ・ジョブズ氏の作り出したiOSエコシステム礼賛ではありません。 社会の動くべき方向の兆しが見え隠れしていると思うのです。