閃け!棋士に挑むコンピュータ~将棋界に舞い降りたアトム

去年2010年にコンピュータが将棋界に於いて 画期的な事跡を残したことをご存知でしょうか? そのコンピュータの名前は あから2010 そのプロジェクトリーダー 松原仁 氏の子供の頃からの夢を借りれば さながら将棋界に舞い降りた鉄腕アトムです。

時は2010年10月11日、場所は東京大学工学部にて あから2010は 清水市代 女流王将と対局、勝利したのです。 人工知能科学者、数学者、などの 地道な努力によってまたひとつコンピュータ技術が大きな歩を進めた瞬間でした。

その一歩には勿論あから2010に携わる人々と共に 様々な人々の紡ぎ出した歴史がありました。 コンピュータの誕生とそれ以降に貢献した人々もいました。 また実際の対局を快く受け入れた清水市代女流王将を始め 将棋と言う人々を魅了するゲームを永く大切に守ってきた人々も同様です。 その歴史を追うことでこの対局を広く俯瞰的に見させてくれる書籍が上梓されています。

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がそれです。 著者は 田中徹 氏と 難波美帆 氏の新聞記者出身の両氏、 跋文には何時頃からか共に面白いサイエンス・ノンフィクションを書きたいね、 と話をされていたことが記されていますが、 本著では見事にそれが達成されていると感じました。 人間対コンピュータという有り勝ちな構図を単に よくある好奇の目に満ちたもので冷やかしたり玩んで、 コンピュータを蔑む短絡的な思考回路に陥ったりするものではなく、 丹念に両者の歴史を追い現状を調査することで、真に迫る説得力と、 人と知能というものに対し哲学的思索を巡らしめる深遠な書ともなっているように思います。

これを書く本ブログ運営者は将棋には門外漢でありますので 当該章は上っ面を滑らせるように流し読みしただけで済ましてしまいましたが、 対局に於ける棋譜も、時系列で追った状況も書かれています。 状況だけでも知りたい向きには

などの記事もWeb上に残されておりますのでご参照下さい。

将棋はチェスや囲碁と同じく、またはマージャンや囚人のジレンマとは異なる、 完全情報ゲーム と言う総ての情報が対局者に公開された偶然に左右されない読みの深さを競うゲームです、 であるからこそコンピュータの実力を試すには絶好の場とされます。 本書に拠れば松原氏がその研究を始めた頃には 実を結ばぬ果実とて諸先輩に反対されるも、数十年に渡る時はその流れを変えました。 21世紀に於いては鉄腕アトムは将棋界に産声を上げたとも言えるでしょう。

本書にはコンピュータ将棋には一度大きなブレークスルーが有ったとします。 それは化学者 保木邦仁 氏の生み出した Bonanza(ボナンザ) です。 それまでの常識と異なる思考アルゴリズムを有するボナンザの最も主たる特徴は 指す手の評価を求める評価関数に於いて 従来はそれだからこそ将棋の有段者しか開発、操作し得なかった パラメータの自動生成に有りました。 開発者の主観を排除し、またこれも従来はこれほど多くは参照しなかった 棋譜を元にパラメータを自動生成したのです。 将棋への興味より数学的興味からアルゴリズムを考案した そして自身は将棋を余り解しないと言われる保木氏ならではと言えるでしょう。 それ迄の常識を覆し得たからこそブレークスルー足り得たのでしょう。 そしてボナンザはオープンソースとして公開されました。 今やコンピュータ将棋アルゴリズムを向上させようとする 全ての人が活用することが可能となったのです。

そして本書はもう一度大きなブレークスルーが訪れれば 男性の筆頭棋士に勝ち得るのではないか、と書いています。 本ブログ運営者はその日を待ち望んでいるわけでもありませんし、 徹底的に拒否するものでもありません。 ただそれが齎す大きな人間ドラマにはとても興味を持っています。